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大震災⑩

こんにちは、ラバーです。
大学は連休明けから始動することが晴れて決定しました!
もう早く始まってほしいな!どうしても無駄に過ごしてしまう時間が多いから今は。

さて、今回の地震について体験したこと、考えたこと等を書いていく10回目。
今回が最後です。今日は考えたことをいくつか。

まず、実際に自分が被災(と言えるのか・・)したことで
災害に対する意識が革命的に変わりました。

これまでは、よく言う「どうせ自分だけは大丈夫」の精神で
全く持って、予期せぬ災害に対する備えなどしてこなかったし
する気にもなれませんでした。

しかし、今回の体験で、いかに人間が自然災害に対し無力か
そして無防備かを心から思い知りました。

そして、こういう非常すぎる事態にぶつかっても
動ずることなく正しく行動し、皆の役に立つことができる人こそ
本当の意味で立派な人なのだとも感じました。
自分はそんな立派な人になりたいです。

そのためにはどうすれば良いか。
普段の日常生活にしろ、旅行に行く時にしろ
リスクに対するちょっとした「備え」を面倒臭がらないこと。
絶対に疎かにしないこと。

そして、たとえどんな非常事態に陥ったとしても
冷静を保ち続け、みんなのために行動するんだという覚悟と意志を
日頃から持っていること。


・・・立派な人と言えば
今回、原発で戦っている方々を見て
自分の責任というものを、どんな時も捨てず
果たし続けようとすることがいかに大事か。
これも学んだ気がします。

今自分はまだあまり責任というものを持っていません。
でも将来、仕事に就けば、当然持つことになるでしょう。
そういった自分の「責任」に対する姿勢を
確かなものにできる人になりたいと思いました。

もう一つ感じたのが、日本人の良さですね。

僕は仙台から山形に逃げて、そこからなんとか新潟へと
バスで抜けようと試みたわけですが、同じような思惑を持った人が
もの凄くたくさんいました。当然、全員がバスには乗れません。

皆、普通の精神状態ではありません。地震以後風呂にも入れず、
食べる物もいつ尽きるかわからない状況の中。

それでも、一人ひとりが、きれいに列を作って静かにバスを待ちます。
誰一人として、むりやり前の方に押し行ったり
怒鳴って不満を漏らしたりはしません。

そんな皆さんの姿を実際に目で見た時、感動しました。
良い国だなぁって思いました。
自分で見たからこそ、心からそう感じられたのでしょう。
それは今回の出来事の中で、唯一と言って良い救いでした。

最後に。
これから4年間仙台に住みます。
復興していくさなかの宮城県に、です。

こんな時期にそこで大学生活を送ることに不安はあります。
もしかしたら、東京の大学も受かってたりしたら、そっちに行っていたかも。
でもね。被災地の近くで暮らす。これは特別な、貴重な体験であるとも思います。

僕はもちろん、東北の復興に携わりたいし、携わらなければならないと思っています。
街が復興していく様子を、傍にいるのに、ただ見てるだけ?
それではいけない。今の時期のこの場所でしかできないことをやらなければいけない。
そう強く思います。

もう地震から1か月が経ってしまいましたね・・・
本当に、大したことを経験したわけでも、大したことを考えたわけでもないですが
自分なりに、今回のことを書きとめずにはいられなかったので
こうして何度にも渡って記事を書かせていただきました。
これにて、とりあえず一旦は地震に関するお話は終わります。
被災地の一日も早い復興を願います。



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大震災⑨

こんにちは、ラバーです。
今回の地震について体験したこと、考えたこと等を書いていくのの9回目です。

新潟行きのバスは無事、予約していたものに乗れました。
しかし、空席が目立ちます。
どうやら、予約したのに来ない人がいるようです。

また、正規のほかに臨時便がかなり出ており、
それに乗ろうと、予約していない人もたくさん外に集まっていました。

さて、僕たちが乗っていたバスは、定刻になってもなかなか発車しません。
むしろ、一杯になった臨時便がどんどんと出て行きます。
これにはバスの中の人々もいら立ちました。
「なんで予約してなかった人の方が予約してた人より先に行けるのか!と。」

たぶん、予約したのに来ていない人を待っていたのでしょうかね・・・
で、30分くらいして、ようやく
「もう空席は埋まらなそうなので、予約していない人を
10人ほど乗せます。」とのこと。
そして、ようやく出発・・・

たかがこの程度でいら立つのか・・・と思われるかもしれませんが
やはり、皆3日も家に帰れないという非常事態の中疲れも溜まっていますし
何より、一歩新潟に着くのが遅くなるだけで、
新幹線に乗れるのがものすごく遅くなることも考えられる状況でしたからね。
そう考えるとやむを得ません。
もちろんバス会社の人はバス会社の人で、同じように大変なのですが。

さて、でも思ったよりは上越新幹線は混んでいず、
あっさりとチケットをとることができました。

その後、新幹線が出るまでの間、しばらく新潟の街を歩いていましたが
元気!元気!
揺れが少なかった山形ですらダメだったので期待してなかったのですが
新潟は地震の影響をほとんど感じさせませんでした。
新幹線もほぼ平常通り動いてるし、強いな・・・震度6強来たはずなんだけど。

さて、新幹線で東京に着きます。
ただ、ここからどうするか。いつも乗っている東海道線は
計画停電の影響で運行休止中・・・
これは今日は東京で一泊かな・・・と思われました。

しかし、東京駅を降りた瞬間。
「東海道線、部分的に再開します」
のアナウンス!!!

これはもうジャストタイミングすぎて!!
しかも部分的っていうのが、見事に僕らが降りたい駅までの運行で!(笑)

こうして、地震から4日後の夜、ついに家に辿りついたのでした・・・

次回で地震についての話は終えます・・・

大震災⑧

こんにちは、ラバーです。
今回の地震について体験したこと、考えたこと等を
書いていくものの第8回。あと2回で終えます。

3日目の朝。5時30分に起きた僕たちは
いち早く、山形行きバスの始発乗り場へと歩きました。
もはや始発駅以外では乗れない可能性が高かったから・・

僕らがついた時点ですでに70人くらいの行列。
たしかダイヤは、最初が8時30分で、以降30分に1本。
いつ乗れるのかな・・・なんて思っていました。

近くに並んでいる人達と色々話しました。
皆東北外に住んでおり、何とか帰ろうと奮闘している仲間です。
同じ大学に受かってて、同じ目的で来ていた親子もいました。

結構寒い朝だったと思うのですが、気持ちが張り詰めたおかげか
不思議と、思ったよりかはキツくなかったかな。

さて、もう1時間くらいすると、僕らの後ろの行列がヤバい。
どこまで続くんだ!?ちょうど県庁の前のバス停だったのですが
県庁の周りを半周するくらいは列があったかも?
いやそれは言い過ぎ?
でも少なくとも、僕らの前に並んでいる人の数とは
比べ物にならないほど後ろに並んでいる人は多かったですね。
ほんと6時から来ていて良かったです・・・

さて、いつになったら乗れるのか?と不安でしたが
予想より早く、9時にはもう乗ることが出来ました。
3時間待ち。普段だったら相当長いと感じるのでしょうが
この時ばかりは「ラッキー!」と思いました・・

なんか、ダイヤよりも随分頻繁にバス来てたんですよ。
たぶんね、まずヨソモノをさっさと街から出さないことには
ラチが開かないと判断した県が、ここぞとばかりに
大量にバスを出す作戦に出ていたのかもしれません。
燃料も限られた中で、これだけ走っているのは意外でした。
もしこれが合ってるとしたら
僕らはその作戦に上手く乗って、ついに仙台を脱出できたので
良かった良かった。

山形に行けば、きっと平和だろう。電気もガスも大丈夫だろう。
コンビニも空いてるだろう。そう期待しつつバスに揺られます。
外の景色が本当にきれいでした。蔵王が素敵すぎる!
疲れていたこともあり、癒されましたね~
大学生になったらもう一回行こう!

ただ、道の途中のコンビニが結構閉まっていたのを見て
あれ・・・・徐々に暗雲が立ち込め、不安に。

山形に着く。
コンビニも飲食店も多くが閉まっている・・・
山形でこれか・・・電気は戻ってるけど
物資の供給の不足でしょうね。

それでも何とか昼ごはんを食べれる場所を見つけ
その後、何とか泊まれるホテルを見つけ。(ダブルベッド一部屋のみ空いていた)
携帯電話も通じる。これにて、やっと、一息つけました・・・・・
明日の新潟行きのバスのチケットも無事貰えたし。

さて、今日は残り何をしようか。寝ていたい気もしたけど
せっかく山形に来たのだから観光できるところはないのか?
と思い、とりあえず山形城に行きました。結構良いところでしたよ。

そして夕飯は、またまた何とか開いている店をいくつか見つけ出しました。
そして・・・そろそろ良い思いがしたい、そんな気持ちになって
開いている中で最も高い店に迷わず入りましたw

よって2日ぶりのまともな食事がたいへん豪華というw
すごいギャップになりましたね。
お腹の調子はかなり悪くなっていたけれど
それも気にならないくらいとてもおいしかった。

夜はベッド。すぐ寝つけました。

そして4日目。
なんとこのホテルは朝食付き!しかも栄養たっぷりの。
こうして元気をつけて、新潟行きのバス乗り場へと向かいました。

今日はこれで終わります。

大震災⑦

こんにちは、ラバーです。
本格的にバックギャモンにハマってきました。
胸を張って「趣味です、得意です」って言えるようになりたい!

さて、今回の地震について体験したことや考えたことを
書いていくものの7回目です。

2日目の9時には眠りに落ちた自分ですが、11時に
周りの大歓声と拍手を聞いて起きました。
ついに電気が戻ったのです!

皆が一体となって、この電気の復旧を喜んでいる、その雰囲気に
少しの間浸っていました。が、すぐに
「はっ!これで携帯充電できるじゃん!」と気付き
ホテルのフロントへと駆け込みました。
(自分の充電器は持って来ていなかったので。)

・・・遅かった・・・
少しの間感動に浸っていた、その間に
いち早く充電を頼んでいた方が何人も・・・
こういうところで抜け目がありすぎるのよね、自分。

まあ気を取り直して・・・
電気が戻ったので、ホテルのパソコンが使えるようになりました。
これで、高速バスの予約ができるのでは?と、親が思い立ちました。

そう、今日の昼ぐらいから、そろそろ
どうやって家に帰るか、その方法を本格的に考え出していたのです。
いつまでも、1泊しか予約していないホテルにお世話になるわけにも
地元の人に回されるべき食料を食い続けるわけにもいきませんからね。

電車はどう考えてもなかなか復旧しないでしょうから
飛行機かバスを利用するしかない。

まず飛行機。
仙台空港は津波で孤立、飛行機飛ばすどころでないけど
山形空港まで行けば、飛行機が飛んでいるようでした。

・・・と思いきや、やっと家に電話がつながった時
家の母親に聞いてみたところ、山形空港の運行も停止しているらしく
これで飛行機を使う線はなしになりました。

そこでバス。でも原発事故の影響で、福島を通ることはできません。
そこで、山形、新潟と日本海側を回る作戦に出る、というのが
唯一のルートであるように見えました。

で、仙台発山形行きのバスは、普通に地震直後から動いているのを
発見していたので良いとして
山形発新潟行きの高速バスは、予約が必要なようでした。

そこで、ホテルのパソコンを使って、このバスを予約しようと試みました。
ところが・・・なんかパスワードやら個人情報やらの関係で
ホテルのパソコンのような共用PCでは予約不可であるようで・・・

ただ、こんなことで諦めていたらいつまでたっても帰れない!
こうしているうちにも、どんどん予約が埋まっていっているハズだ・・・

で、ちょっと無理やりな行動に出ました。
ちゃんと携帯の充電器を持っている人のところに行って
「すみません、一瞬だけ、充電器お借りできませんか!!」

そして、携帯でネットに繋ぎ、あれこれ言いながら予約できるサイトを探し
そして・・・取れました。2日後とはいえ、山形発新潟行きバスのチケット。
本当に紙一重でした。もう次の日の昼になると
6日後まで全部予約埋まってましたから・・・
これこそ本当のプレミアチケットですよ。
本当に、一分一秒が生死を分ける状況でしたね。大袈裟?

まあそんなわけで、ついに2日目の夜にして
家まで帰れる一応の見通しが立ったわけです。
しかも情報によると、上越新幹線が早くも復旧したらしく
新潟まで行けば、そこから新幹線で一気に東京まで!
つまり、2日後には東京まで辿りつける可能性まで出てきたのです!

大震災⑥

こんにちは、ラバーです。
今日は高校のフェンシング部の追い出し会。
8か月ぶりのフェンシングでしたが、思ったよりかは体動きました(笑)
疲れが半端なかったけど、運動不足だったし丁度良かった。

さて、今回の地震について体験したこと、考えたこと等を書いていく
第六回です。

2日目の朝食はパンが各自1個ずつ与えられました。
たぶんこれは、ホテルがストックしてあったものだと思います。

このホテルには本当に感謝しています。
従業員さん達の中にも、家や家族が大変なことになっている方も
多かったのではないかと想像されるのに
単に宿泊予約していただけの自分達に最大限のサポートをして下さいました。

食事をなんとか出そうとしてくれたり、カップラーメンを食べるためのお湯を
沸かそうとしてくれたり(電気は来ませんが、燃料を持っていた様子。)
自家発電で明るさを保とうとしてくれたり。(結局この日には尽きてしまいましたが。)

で、自家発電が続いているうちは、携帯の充電サービスもやってくれてました。
僕もかなり電池が危なかったので、頼もうとしたのですが
残念ながら、頼みにいくのが遅く、そうこうしているうちに
発電は終わってしまいました。

さらに、このホテルには公衆電話が2つありました。
携帯が全く繋がらない状況の中、これはありがたかった。
寒い寒い外に出て行って公衆電話を探す必要はありませんでした。
これで家族と連絡を取ることもできました。
ただ、やはり皆何度も電話をかけようと並ぶので
相当待たなければかけることができませんでしたが。

中には韓国人?中国人?のグループもいました。
こんな言葉が通じない場所で・・・僕ら以上に大変だったでしょうね・・・

さて、試しに外に出て、空いている店はないかと探し回ります。
すると、完全に停電している街の中、2,3コ、空いているコンビニがありました。
ものすごい行列が出来ています。

レジも電気もつかない中、店員さんが4人も集まって、手作業で
在庫を売ってくれていたのです。

僕らも2時間並んだ結果、ついに食料を買うことが出来ました。
大したものはほとんど残っていませんでしたが、
生野菜サラダとごぼうサラダが買えたのは大きかった。
あとはビスケット、ビーフジャーキー、カップラーメン、グミなど。
これでもかってくらい買いました^^
今後長期戦になる可能性もこの時点ではありましたから・・

こうして昼食も夕食もとることができました。
あんま動いてないから、そんなに食べる必要もないですしね。
ただ、食べているものが食べているものだけに、お腹の調子は悪くなってきて
でもトイレは流れない・・・これは多少キツかったのは確かですね。

さて、あまりにも暇です。
段々と、避難所に居るあかの他人とおしゃべりを始める人も増えてきました。
僕は数少ない高校生だったんで、ちょっと社会人の方相手に話にしにくかったですが
一応話しました。

僕らは地震の時、安全なところにいましたが
僕が話した相手の方々は、新幹線で高いところを走っている時とか
ホテルの11階で風呂に入ってる時とか、
随分と怖い状況で地震に遭ったそうです。
自分ももしそうだったら、きっと死ぬかと思ったに違いない・・

そうこうしているうちに、4時ごろになって
ついに、ついに携帯がつながりました。メールが30件くらい入っています。
しかし、メールの返信を打つ間も、ネットで地震情報を見る間もなく
無念にも、電池が底を尽きてしまいました。。。

さて、夜になってきました。
前日と違って、もう自家発電が切れているので、非常灯すらつかず
真っ暗になってきました。
各自、懐中電灯が支給されました。

何もすることがないし、昨晩はあまり寝てないし
もう、寝るか、と随分早い段階で地面に毛布を2つ折りにして置き
その間に挟まって寝ることにしました。
もう、「地べたにねっ転がるのはみっともない・・」なんて
慎む人は誰もいませんでした^^

もう9時ぐらいには寝てしまいましたかね。
しかし、11時に、大きな歓声を聴き、起きることになりました。
電気が、戻ったのでした。
プロフィール

Lovers Leap

Author:Lovers Leap
"Lover's Continent"というサイトを管理してますラバーズリープです。

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